イタリア話を書き始めてしまいました。アーカンソーネタに戻るときはあるんでしょうか?
by flyingshack
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カテゴリ:アメリカの旅( 38 )
世界バーベキュークッキング選手権 その4



b0068732_926970.jpgコンテストの結果発表が始まったステージ前は、すごい人だかりだった。ご馳走してくれた杖のおじさんともそこで再会した。Whole Hog(丸焼き)、Shoulder、Ribなど部門別に上位入賞者がアナウンスされている。各部門の1位から選ばれるグランドチャンピオンは賞金$12,000というんだから、コンテスト出場者だったら真剣になるってものだ。しかし出場者以外には結果がなんだっていうのだろう。ピアスパパにインタビューしてみた。

「このお祭りで一番重要なものはなんですか?」
「それはチャンピオンに選ばれることだよ」
「でも、あなたみたいな人にとっては?」
「Socialization(つきあい)だね」
ピアスパパはメンフィスで生まれ育ち、"everyone knows everyone"なこの街から出たいと夢想する男である。実際彼は、杖のおじさんと顔見知りであった。たいそう怪しげな外見の彼と、地元の名士っぽいおじさんは、めちゃくちゃミスマッチなんだけれど。ジモティにとって、このお祭りは交際の場なんだ。

b0068732_9274059.jpgステージ前でピアスパパと杖のおじさんとお別れ。二人は今晩の宿の心配までしてくれた。ありがとう。でも車で帰る予定の我々は、酔い覚ましにもう一周しようとまた歩き始めた。写真を撮っていたら、そこのブースにいたお兄さんに話しかけられた。
「毎年、テーマ国にちなんだ豚の人形を作っているんだよ。今年はアイルランドの豚さ!」
「あの韓国の豚さん、うちの母親に似てる」
「わはは、ホントか~!」
「カーリーヘアがね(でもなんで韓国でカーリーなの?)。母はシャーリー・テンプルに似てたんだって(髪の毛だけだけど)」
「シャーリー・テンプルってか!」
その人、何を言っても大受け。しまいに「まあ飲んでって」と中からビールを持ってきてくれた。b0068732_9271737.jpg全然酔い覚ましになっていない! でもこうやって客人になって出場者と一緒に盛り上がるわけね。だんだんこのお祭りがわかって来たぞ。
「おにいさんのチームは何か賞を取ったの?」
「全然。でも結果なんていいんだ。こうして盛り上がれればね。わははは」

なるほど。

ビールを飲みながら、わたしとDocはむかし日本で「同じようなお祭り」を体験したことを思い出していた。それはまだ20代だった頃の弘前さくら祭だ。ヒッチハイクとキャンプで旅行していた我々が、祭り会場で歯をみがいていたら、一人のおじさんに声をかけられたのだ。消防団の花見で来ていたおじさんは、お酒と料理をご馳走してくれ、わたしたちのためにわざとネイティブの津軽弁シャワーを存分に浴びせてくれた。そしてすっかり出来上がった彼は、泊まりに来いと地図まで書いてくれた。夕方電話したら思った通り寝ちゃっていて、何も知らない奥さんが出たので泊まるのは遠慮したのだけれど。でもその後、今度は飲み屋さんの常連団体に気に入られ、二次会に招待され、最後は新婚家庭に泊めてもらったのである。その時のさくら祭、桜は全部散ってしまっていた。ジモティにとっては結局、桜なんてあってもなくても祭りは祭りなのだ。わたしたちにとっても、花があるときよりもっと思い出深い祭りになったことは言うまでもない。

いいお祭りっていうのはきっと、普通のジモティが楽しみながら、ホスピタリティという心意気を見せてくれる場なのだ。それは日本でもアメリカでも同じ。日本では観光客誘致や企業からのお金集めに走り、ジモティまでお客さんと化して文句ばかり言っている祭りもあるけれど、メンフィスのバーベキューコンテストは何か大切なことを思い出させてくれたのであった。(シリーズ了)

==おまけ==
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by flyingshack | 2005-06-01 01:55 | アメリカの旅
世界バーベキュークッキング選手権 その3



b0068732_555677.jpgアイリッシュコミュニティのブースに入れてもらった我々。半信半疑でビールをもらいに行くと、くれました、ギネス2杯。他にも数種アイリッシュビールがあって、しかもボトルではなく生。これでお店じゃないっていうのが不思議だ。運動会の本部テントで、役員さんとその知り合いが生ビール飲んでるような感じである。おそるおそるチキンをくださいと言うと、またもらえた。なんでもアイルランドから出場者が来て焼いているんだそうな。甘めのウイングスでなんだか焼鳥を思い出す味だ。

b0068732_5554646.jpgチキンをもらいに行ったとき、一人で黙々と食べている黒人のおじさんの背中が見えた。わたしたちと同様、ブースの中で浮いている。この人なんなんだろ、と思っていたら、おもむろにPAのところに行き、それまでかかっていたケルト音楽をブルースに替えて、自らマイクを握って歌い始めた。歌いながら出っ張ったお腹を自在に動かして笑いを取っている。目が合うとじっと見返して、それをやってくれる。富良野のへそ踊りかい! でも歌の方はなかなか聴かせるのである。

b0068732_556468.jpg「彼はリビングレジェンドなんだよ」
と、隣でビールを飲んでいた赤ちゃん連れのパパが言った。パパ、眉毛と舌にカラフルなガラス玉のピアスをして、日本語のタトゥーを入れている。怪しー。彼がくれた記事のコピーには"B. B. King pays tribute to Lil Howlin' Wolf."と書いてあった。要は、今歌っているのはLil Howlin' Wolfで、彼がスーパースターB.B. Kingの前座をしたとき、B.B.がステージに彼を呼んで絶賛したらしい。ただのへそ踊りおじさんじゃないんだー。
「CD買ったらサインもらってあげるよ」
ピアスパパはうさんくさかったけれど、CDを買うことにした。タダビールをすでに3杯ずつ飲んでポークも食べて、その分、何かメンフィス経済に貢献するかという気になったのである。酔っぱらってきて、リビングレジェンドだろうがリビングデッドだろうが何でもいいや、という気になっていたという話もある。

でもサインをもらうまでが意外と大変だった。取材陣が押しかけてきて、Wolfを取り囲んでしまったのである。よく見ると取材の輪の中にWolfも含めて3人いる。
「まんなかの人は何者?」
「リッチマンさ。メンフィスは音楽あり、スポーツありの街だからね。お金が集まるのさ」
緑のビーズをジャラジャラ下げている恰幅のいいこの人は、後でSilky Sullivanというメンフィスの有名人であることがわかる。彼はSilky O'Sullivan'sというアイリッシュパブのオーナーで、実はこのブースも彼のもの。アイルランドや「ソ連」やタイにBBQを伝えた人らしく、世界各国でBBQコンテストの審査員をしているそうな。
「こっちがわの人はアイルランドのプライムミニスターだよ」
「ど、どうでもいいけど…」
プライムミニスターって、シャツに短パンのこのおっさんが? ありえないよなあ。

じっと待ったおかげでちゃんとサイン入りCDをゲットする。ピアスパパが我々の名前のスペルを一字一字言ってくれたおかげで、特別版になった。Best wishesのスペルまで言っていたところがご愛敬。ピアスパパがステージまでコンテストの結果発表を見に行くというので、一緒にブースから出た。川風と夕日を受けて、ブラブラ歩くのは気持ちいい。途中ゴルフカートに乗ったSilky Sullivan&プライムミニスターとすれ違った。

Silky「Barbecued sushi!!!!!!!!!」

結局プライムミニスター氏が何者だったのかはわからずじまいだ。


Washy


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by flyingshack | 2005-05-25 13:38 | アメリカの旅
世界バーベキュークッキング選手権 その2



b0068732_1624082.jpgさて、リブを食べた後は散歩。各チームのブースは、アイルランドをテーマに派手に飾り付けられている。2階建てのテラスをおったてて、川風に吹かれてみんなでビールを飲んでいるブースもある。でもどこもお店のようでお店じゃない。 内輪な雰囲気が漂っていて、よそ者は中に入れそうもない。

どんづまりまで来ると、目の前で盛大にチキンを焼いているブースがあった。チキンも審査の対象なわけ? そこで、杖を傍らに何か飲んでいた白髪の紳士と目が合った。「ハロー!」 こんなときにっこり挨拶するのはアメリカの常識。すると、独りでヒマそうな彼が話しかけてきた。

「ここはアイリッシュの小屋だよ。今かかってる音楽はアイリッシュじゃないがね」
「ブルース?」
「そんなもんだよ。どこから来たのかい?」
「<耳のそばで>りるろっく、あーかんそー!! おじさんはどこから?」
「ここだよ。メンフィスのピンチからさ」
「ピンチ??」
「<腹を引っ込めて>Pinch the belt(ベルトを締めるの意)だよ」
「はあ…」

b0068732_1654816.jpg後で調べたところによると、Pinch(ピンチ)地区はアイルランド人とドイツ人が開いたメンフィス発祥の地で、食うや食わずの貧乏人が空腹を紛らわすためベルトをぎゅーっと締めて生活していたところらしい。おじさんのご先祖様は、1680年頃アメリカに上陸したアイリッシュで、ピンチに流れてきたという。どうやらここのブースは、「アイリッシュ風」に飾っている他のところとは違って、正真正銘の「アイリッシュ」のようだ。

Docが癌の研究をしていると話すと、おじさんは
「妻が癌なんだ」
とさびしそうに言った。自分もいろんな病気を患っているらしい。それでもお祭り会場で、わたしたちのような旅行者に話しかけてくれる元気がある。
「でも元気そうですよ!」
と言うと、うれしそうだった。そして名刺の裏に何か書き始めた。
「Please be my guest for the rest of this evening.(これからきょういっぱい、わたしのおごりだよ)」
「へ?」

ポカンとしているわたしたちを、おじさんは杖をつきながらゆっくりブースへと案内した。門番のように入口に座っていた別のおじさんもニコニコして通してくれた。
「ここで好きなだけ飲んで、好きなだけ食べていいんだよ」

こうしてわたしたちは、ブースの中の人になった。(続く)



Washy


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by flyingshack | 2005-05-22 16:45 | アメリカの旅
世界バーベキュークッキング選手権 その1



b0068732_241630.gifメンフィスのお祭りに行ってきた。その名もWorld Championship Barbecue Cooking Contest! 全米22州から250チームが集まってバーベキューを焼く技を競う大会である。なんでもメンフィスのは地球最大の「ポーク」バーベキューコンテストだそう。そうそう、バーベキューにもいろいろあって、テキサスじゃビーフって決まっているのだが、アーカンソー、テネシーあたりじゃ圧倒的に豚さんが主役なのである。

さて、9万人の人出があるこのお祭りだが、公式サイトに行くとこう書いてある。「参加チームのバーベキューを食べることはできません」。じゃ、何をしに9万人も集まるわけ? なにやら謎めいたお祭りだなあと思いながらDocとわたしは出かけた。そして結果的には、参加チームのバーベキューをしっかり食べて帰ってきたのであった。

b0068732_213261.jpg会場はミシシッピ川の河川敷にあるTom Lee Park。南側にある仮設駐車場から歩いていくと、高台から巨大なテント村が見えた。なんのテントかと言うと、250の参加チームがそれぞれのブースに陣取って、そこに巨大なグリルを持ち込み肉を焼いているのだ。近づいて見ると、テントというより海の家。中で参加者がビールを飲んだりおしゃべりしたりして、くつろいでいる。たいそう楽しそうだが、われわれは見るだけ。Docは「何も売ってくれない学園祭の模擬店みたい」と評した。

b0068732_211311.jpg一般のお客さんは何をするか。まずはショー。地元バンドの演奏や、試供品のおまけつき料理ショーなんかがある。ショーのついでに「味蕾チェック」があって舌を真っ青に染めてきた。青いほうがいいんだって。やった。でも味蕾が多いからって味がわかるとは限らないとDocに言われる。なんだ。それからやっぱり屋台。これだけ匂いを嗅がされたらやっぱりバーベキューでしょう。b0068732_2221912.jpgScooter's Bar-B-Queの長い行列に並んでポークリブを買う。ソースもかけてもらって手をベタベタにして食べる。うま~い。隣の焼きコーンは生焼けで、Docが醤油焼きトウキビを懐かしんでいた。子どもたちはバスケットボールのシューティングに興じている。これはどんなお祭りでも同じ。

あとは会場をブラブラして、機関車みたいなバーベキューグリルをウォッチングして、ブースの飾り付け(ことしのテーマはアイルランド)を見て帰ろうかな~と思っていたのだが、事態はその後急転回する。(続く)



Washy


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by flyingshack | 2005-05-21 14:30 | アメリカの旅
おのぼりさんLAへ行く 番外編



LAエリアで行ったレストランの情報をせっかくなのでまとめておきます。
まとめてみるとまた、夢のようですね。

<中華料理>
b0068732_1344367.jpgSea Empress Seafood Restaurant(海皇海鮮酒家)
1636 W Redondo Beach Blvd., Gardena, CA 90247
310-538-6868

大勢で行けば一人$20で豪華ディナー。


b0068732_16402790.jpgNBC Seafood Restaurant(海運海鮮酒家)
404-A S. Atlantic Blvd., Monterey Park, CA 91754
626-282-2323

新しい中華街の中。飲茶は朝8時から午後3時まで。


<韓国料理>
b0068732_7423520.jpgIn Chon Won Restaurant(仁川苑)
13321 Brookhurst St., Garden Grove, CA 92843
714-539-8989

DLに近く、食べまくって一人$35(ビール1本付き)。


<ラーメン>
b0068732_13593165.jpgらーめん山頭火
665 Paularino Ave., Costa Mesa(ミツワマーケットプレイス内)
714-434-1101

オレンジ・カウンティ空港最寄りのBristol沿い。


<牛丼>
b0068732_13365424.jpgYoshinoya Restaurants
13512 Harbor Blvd., Garden Grove, CA 92843
714-534-4355

DLに近いけど、ここにはみそ汁も生玉子もない!




おのぼりさんLAへ行く 本編
その1
| その2 | その3 | その4 | その5 | その6 | その7
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by flyingshack | 2005-05-03 12:13 | アメリカの旅
おのぼりさんLAへ行く その7(最終回)
ここは日本か天国か!?



b0068732_1358151.jpgダラダラ続けてきたこのシリーズもこれで最終回。もう少しのご辛抱を。焼肉&カラオケで午前様になった朝、Docとしては学会本番のポスターセッションがあった。Docはスーツ姿でポスターの前に立ち、見に来るお客さんを待ち受けていた。その4時間の間、彼はガムをかみ続けた。昨晩焼肉キムチに加え、生ニンニクなどかじってしまったからである。幸い逃げていくお客さんもなかったそうで、無事発表は終了した。その日の夜は、海皇海鮮酒家でお疲れ様の乾杯をした。またKさんたちにとっては、アメリカ最後の晩餐だった。

次の朝、御一行様はロサンゼルス国際空港までKさんたちを送って行った。リトルロックでのつきあいは短かったけれど、この人たちとはまた会えるに違いないと思って見送った。(というか、もうこのブログでコメントのやりとりしてるんだけれど…) 間もなくKさんファミリーは、全く未知の土地で、新しい生活を始める。アメリカから応援してますよ~。

b0068732_1359168.jpg残された御一行様は3人。Baby Kもいなくなって、ミニバンがガランとしてしまった。しかししかし、リトルロックへの飛行機までは、少し間がある。懲りない御一行様は、思わぬ食い倒れ旅の最後を締めくくろうと、ジョン・ウエイン空港最寄りのミツワマーケットプレイス・コスタメサ店に車を飛ばした。そこには旭川ラーメンの山頭火があるのだ。Novaさんはあんまり好きじゃなかったという友達の話をしていたが、北海道民としては行かねばなるまい。

ミツワは全米各地に店舗を持つ日本のスーパーマーケットチェーン。元はヤオハンだったスーパーと言うとわかる人も多いと思う。このコスタメサ店やNovaさんと行ったリトルトーキョー店をはじめ、LA周辺に5店舗もある。売り場をずんずん奥へ進んでいくと、おお~、すごい。フードb0068732_13593165.jpgコートがあって、山頭火だけでなくうどん屋さんやイタトマまである。うわ~ここは日本だ~。目移りするな。しかし初志貫徹で、山頭火の正油ラーメン&納豆ご飯&煮卵のセットを頼んだ。味は、麺もスープもわたしが愛する旭川ラーメンのクセが少ないんだけど、贅沢は言うまい。とっても満足した!

ここで御一行様を感嘆させたことがもう一つあった。それはうどん屋おばちゃんの英語の発音である。うどんができたら番号で呼ぶのだが、おばちゃんは朗々とした声で言った。「しっくすてぃ~・えいとぉ~」。完全にカタカナ発音であった(ひらがなで書いてあるけれど)。日本人的発音なら自分たちもどっこいどっこいでいつも苦労しているわけであるが…何に感嘆したかと言えば、それでちゃんと通じて働けるということである。LAの日本人コミュニティの強力さとcultural diversity(文化の多様性)を改めて実感した瞬間であった。

食後の短い時間を利用して、三省堂で本、源吉兆庵で和菓子を買う。Hさんがポロッと言った。「ここに住んでて、アメリカに住んでいると言ってはいけないよ…」。LAでがんばっている皆さん、気を悪くしないでくださいね。わたしには、日本人コミュニティが脆弱なリトルロックで、一世として暮らして行こうとするHさんの決意みたいなものに聞こえた。ま、平たく言ったらヒガミかな? 

こうして、おのぼりさん御一行様のLA行きは終わった。何度も言うけれど学会出張ですよ。(シリーズ了)


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by flyingshack | 2005-04-30 14:05 | アメリカの旅
おのぼりさんLAへ行く その6
コリアタウンの渇いた夜



さて、長々とその6だ。ゲストのみなさんは、Docたちは何しにLAへ行ったんでしょう? と思っていることでしょうが、あくまで学会出張なのである。まあ遊んでばっかり、と思うかもしれないが、学会とはそもそも誘惑の多い場所でするものなのである。今までDocが出た学会の開催都市は、ニューオーリンズ、サンディエゴ、フィラデルフィアなど。リトルロックなんかで開いた日には、参加者激減だから、大きいのはやらないのだろう。中にはスノーマスというコロラドのスキーリゾートで、夏に開かれた学会もあった。その時は、セッションが朝と夜だけで、長い昼休みがあった。おかげさまで、熱気球とMTBダウンヒルとハイキングとラフティングをしてきた。ま、学会というのはそういうものらしい。

b0068732_7423520.jpgというわけで、月曜日のおつとめを終えたリトルロック御一行様は、ミニバンに乗ってKorean BBQの店へ繰り出した! 何度も書くがリトルロックに焼肉はない。さすがLAでは、焼肉と言っても本場韓国風と日本風が選べる。これから日本に帰るKさんたちの選択は、迷うことなく韓国風だった。Novaさんに聞いたりホテルのfree wifiを使ったりで、それらしいお店を調べて行った。そもそもKさんたちとはずっと、メンフィスまで焼肉に行くぞ~~(片道2時間かけて)と、ことあるごとに叫び続けてきた。それが実現できなかったので、最後のLAでカタキを討つ、といった意味もあるのだ。

b0068732_7424826.jpg場所はディズニーランドから車で10分くらいの仁川苑(In Chon Won)。予想したとおりの韓国風の店だったが、日本人客もたくさんいるようだ。食べましたよ。タン、カルビ、ブルコギ、ユッケ、トゥルソビビンバ。今回は焼肉の写真も撮って来た! 前にマキコさんに聞いて、なんのこっちゃだった海鮮のスンドゥブも頼んだ。この店の面白いところは、ワサビ味の千枚漬けみたいなものや薄切り餅で、肉を包んで食べること。それともこれって普通なの? 初めてだったがなかなか旨かった。余談だが、ウエイターさんが若くてかわいらしい韓国人のお兄さんだったので、おばさんはしっかり会話もしてきた。「ヨンサマ」って日本語が通じたぞ。(ちなみにわたしは冬ソナを見たことありません)

b0068732_7431234.jpg焼肉を食べてすっかり楽しくなった御一行様が向かった先、それはカラオケである。まるで計画していなかったので、お兄さんに店を聞いて行った。よってKorean Karaokeなのだ。お兄さんが言っていたが、韓国のカラオケボックスは日本のと同じらしい。らしいと言うのは、アメリカの日本のカラオケに行ったことがないので、比較しようがないということ。部屋を借り切って、自分で曲を入れて歌うところはきっと同じだろう。ただし機械のボタンはハングル。お酒や食べ物を注文することはできないので、喉が渇いたらレジに行ってソフトドリンクを買ってくる。御一行様たちは5人で歌うこと4時間。Baby K以外、誰も何も飲まずに歌い続けた! Hさんは前川清、KさんはKinki、Wife Kさんは天城越え(あとSpeed)、Docさんはミスチル、Washyさんはシャナイア・トゥエイン、Baby Kさんはあ゛~~を熱唱!!

b0068732_7432544.jpg迷惑だったのはBaby Kでしょうが、あまり意に介した様子もなく、途中からは爆睡していた。すごい大物だ。こうしてLAのコリアンな夜は更けていった。


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by flyingshack | 2005-04-28 15:05 | アメリカの旅
おのぼりさんLAへ行く その5
世界ウルルン紀行的夕べ


Washyが書いた「大きなイベント2つ」のうちのひとつ。

僕がアメリカを最初に訪れたのは高一の夏休みだった。一ヶ月弱アメリカ人家庭にホームステイ。生まれ育った静岡県三島市は小さいまちだけれど、1957年に全国で4番目に海外都市と姉妹都市提携を行っている。正月のローズ・ボウルやローズ・パレード、ハンティントン・ライブラリーで有名なロサンゼルス近郊のパサディナ(Pasadena)が相方だ。姉妹都市交流の一環として、毎年2名の交換研修生を派遣しており、僕は運良く選ばれた。

今の僕を知っている人は想像がつかないだろうが、親戚の家にですら緊張のあまり泊まれず、食べ物の好き嫌いが多い繊細な少年だった(今だって繊細なんだけどね)。英語しか話せない家にたった一人で放り込まれたことは、画期的なことだった。

お世話になったのは、実際にはパサディナではなく近郊のアケイディア(Arcadia)のP家、アルタディナ(Altadena)のW家とF家で、各家庭には同世代の子供がいた。各家は知り合いで、特にP家とF家はパパ同士が同じ職場だったこともあり、仲が良かったようだ。

ホームステイの初めは、お互いに探り合いだったが、すぐに居心地のいい環境を作ってくれたことは、どの家族の人々も、それぞれに暖かく、優しく、理解があったのだと思う。カリフォルニアの青い空と、見る物すべてが物珍しい世界にすっかり魅せられて、ちっとも日本に帰りたくならなかった。それどころか、帰国後に逆ホームシックになったくらいだ。

大学生のとき、パサディナを再訪したことがあって、3軒のパパ・ママに会うことができたが、その後ヒューストンに暮らしていた3年間には再会できなかった(LAには行ったのに…)。昨年末にF家のパパ(Fパパ)から連絡をもらい、年末にFママが亡くなったことを知った。それで、是非とも会いたいと思っていたところ、ちょうどロサンゼルス近郊で開催される学会に参加することになった。

Fパパは、P家でBBQをするようセッティングしてくれた。約束の時間に少し遅れて到着すると、僕らの車を見つけるやいなや、待ちかねていたように全員が庭から次々表通りに出てきて、躊躇ない満面の笑顔withハグで迎えてくれる。驚いたことに、当たり前のようにみんな僕の名前を正しい発音で覚えていて、呼んでくれるのだ。こみ上げる物があったけれど、僕より先に涙をこぼしていたのは、初対面のWashyだった。

Fパパ、Pパパ・ママとは17年ぶりの、LAエリアに住んでいるP家の子供達(といっても立派なおじさん)も来てくれていて、彼らとは実に26年ぶりの再会だった。

P家のある場所はアケイディアという市だが、近くに山が迫っていて、風光明媚かつ閑静な住宅街にある。庭に入ると、26年前と変わらないたたずまいが広がり、お互い確実に年をとっているけど、昔に戻ったような妙な感覚。パパ・ママは、それなりのお年だと思うが、背中も真っ直ぐで、肌もツヤツヤして、元気だ。P家には、26年前にすでに孫がいた。今はその孫に子供がいる。Pママはひいおばあちゃんってわけだけど、とてもそうは見えない。さらにすごいことにPママのお母さんがご健在。青い服で統一した5世代家族集合写真を以前クリスマス・カードでいただいたが、同じものが居間に飾ってあり、あらためて感心した。アメリカ人おそるべし。

飲み物は、保守的なアーカンソーでは考えられない、アルコールがたくさん用意されており、よりどりみどりだった。前日のnovaさん宅で飲み過ぎて二日酔いだったが、誘惑には逆らえなかった。(マキコさん、ごめんなさい。実は前祝いのシャンパンここで飲みました。)

Pパパ、Fパパは政府関連の研究所の所員だったが、おそらく生物学とは全く畑違いの仕事。Pパパはリタイアし、老後を楽しんでいる様子。Fパパは数年前に研究所を辞めて、IT関連の会社を興したらしい。インテリな上に、いろんなニュースもチェックしていて、質問に容赦がない。今の仕事(癌研究)について、根掘り葉掘り聞いてくる。しかもPパパは、最近ワトソン&クリックのDNAの三次元構造なんかに感化されたようで、興味津々である(この人達はいったい?)。でも、素人にマニアックな研究の講義をするのは難しかったので、詳しくは説明できなかった。

PママがWashyを連れて家の中の案内をしている。朝食を摂っていたダイニング、いつも大きな犬が寝そべっていたガーデンルーム、初めてチェスでお兄ちゃんに勝った居間、寝泊まりしていた部屋、使っていたバスルーム、家具や調度品は変わっていると思うが、どこも昔のままで懐かしい。

楽しい時間というのは早く経つものだ。日本の住宅事情や通勤事情の話とカリフォルニアとの比較や、家族の近況、旅行のことなんかを話しているうちに、翌日仕事がある人たちは順に帰り始めた。僕らも翌朝学会に行く予定があったから、名残惜しかったけど夜11時前には失礼した。

b0068732_710089.jpg初対面から四半世紀以上が経ったが、26 x 3通のクリスマス・カードが、僕らをつなぎとめていてくれた。年末の忙しい時期にカードを選んで、英語の手紙を書くことが面倒なこともあったけど、出してて本当によかったと思う。しかしF家から去っていくとき、大粒の涙を流して別れを惜しんでくれたFママは、もうこの世にはいない。お墓にも行けなくてごめんなさい。どうか安らかにお眠りください。W家の皆さん、ご無沙汰してます。またいつか来ます。

高校時代アメリカで過ごしたこの一ヶ月は、当時ヒットしていたサーカスのアメリカン・フィーリングとセットで、今でも鮮烈な記憶として心に刻まれている。そして、僕のアメリカ生活の原点は、この素敵な家族との出会いにある。
(reported by Doc)


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by flyingshack | 2005-04-27 16:40 | アメリカの旅
おのぼりさんLAへ行く その4
フェイクでもオタ系でもない日本



危険な夜が明けると、また素晴らしく上天気な日だった。すがすがしくない気分の人はDoc約1名。朝から置物のようにソファに座っていた。すがすがしい組は朝食のテーブルを囲んで、おしゃべり。ここで、Novaさんがとある超有名ラジオ番組の構成を書いていたことが発覚した。そのころわたしは中学生で、なんとその番組に、手紙(長文だったのでハガキでなく、手紙)を送ったことがあった。もちろんボツになったのだけれど、手紙の下読みをしていたのがNovaさんだったそうだ。ガーン。はずかしー。

その日は、DocとKさん夫妻はアナハイムに戻り、わたしはNovaさんのところに残って二人でハンティントン・ライブラリー(The Huntington Library)に行く予定だ。話は前後するが、このエントリではLAで見た日本文化について書いてみようと思う。

b0068732_14393984.jpgわたしはプライベートで日本語を教えているのだけれど、生徒さんに生きた日本文化に触れられる場を紹介したいと思っても、リトルロックではなかなか機会がない。紹介できるのはPuffyのアニメ(日本文化?)、ジブリの映画(英語版)、マンガ(ほとんどオタ系なので困る)くらいなもんである。ちなみに中学生の生徒さんとそのお父さんは、今ポッキーにはまっている。

b0068732_14395749.jpgその点、LAはすごい。前日連れていってもらったMonterey ParkのCherry Blossom Festivalには日本がいっぱいだった。日本の和菓子は売っているは、日本人美大生が焼いたとおぼしき陶器は売っているは、太鼓や日舞は見られるはで、和菓子のあんこはともかくとして、わたしの生徒さんなら喜びそうな内容だ。売り子さんは日本語バリバリなので、習った言葉の腕試しもできそう。折り紙のコーナーには子どもたちがたくさん集まっていて、お花や風車などを教えてもらっていた。写真では黒髪なので日本人に見えるけれど、みんなヒスパニックかアジア系みたい。どの子もなかなか上手でびっくりした。

b0068732_14445822.jpgハンティントン・ライブラリーにも日本庭園があり、とてもすばらしかった。門を入ると庭が見渡せるのだが、山があり川がありで、素人目にも小さな庭の中にもっと大きな自然を表現していることがわかる。灯籠と松(ときには相撲取り)を置いて日本風ですよ~と言っているニセ日本庭園とは違うのである。枯山水や盆栽もあり、盆栽の世界はまるでわからないけれど本物っぽかった。そのへんで売っている、若い木を和風の鉢に植えただけのニセボンザイとは違うのである。

帰ってから中学生とお母さんに庭と盆栽の写真を見せたのだけれど、写真だけでも本物らしさがわかってくれたようだった。折り紙や太鼓やラーメン屋を見て、中学生はLAには日本がいっぱいあるんだね、と驚いていた。ああ、実物が見せられたらいいんだけどなあ。

さて、ハンティントン・ライブラリーは、ご近所を案内してください、とお願いしていたところ、Novaさんが選んでくれた場所だ。いつもわたしがブログにお花の話を書いているから、好きそうなところがNovaさんにはわかっちゃっていたのである。日本庭園以外にも素晴らしい場所がたくさんあったのだけれど、きりがないのでNovaさんに譲ります。Novaさん、2日間お世話になりっぱなしで、本当にありがとうございました。最後にCherry Blossom Festivalで撮った愛くるしいBaby Kの写真を載せます。

Baby K
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by flyingshack | 2005-04-25 14:11 | アメリカの旅
おのぼりさんLAへ行く その3 
手巻き寿司の危険な夜



b0068732_8271117.jpgその晩、Nova家の晩餐は手巻き寿司であった。「リトルロックから来るのなら、刺身を食べさせてあげなさい」というクマちゃんの心遣いだ。ありがとうクマちゃん! リトルロックで刺身を買えないことはないのだが、冷凍マグロ・サーモンなどはでっかい塊である。イカ・タコはとっても高級なので買ったことがない。アナゴ、玉子焼き、日本のキュウリ、大葉などは存在すらしない。手巻き寿司用にあれこれ具を揃えるのは至難である。一方LAの日系スーパーでは、まるで日本のようなトレーに入って刺身が並んでいた。手巻き寿司ですよ~、アーカンソーのみなさん!

b0068732_8273332.jpgこれらに加え、わたしがスーパーでかなり物欲しげに顔を近づけて見ていた「日本の明太子」と「梅干し」を、Novaさんが出してくれた。イカ明太キュウリ、梅しそイカの手巻き寿司ですよ~。これらをNovaさんが帰省したときに持参した、島根の濃くて旨いたまり醤油でいただく。昼間飲茶を詰め込んだのも忘れ、夢中で食べてしまった。そうそう、Novaさん手作りのキャベツのナンプラーサラダも、さっぱりして気の利いた一品であった。

わたしたちが寿司をほおばっているころ、クマちゃんは仕事に出かけてしまってお留守。でもNovaさんの息子さん「ボクちゃん」が同席してくれた。ボクちゃんとKさん、Docは、食事の前後b0068732_8282780.jpgにゲーム(写真)をして盛り上がっていた。高校生という「正直なお年頃」なので、得体の知れないお客さんたちを本気で歓迎してくれているのがうれしかった。

クマちゃんはわたしたちのためにフローズンマルガリータを作って行ってくれた。ミックスなど使わずにである。これがまた、おいしかった。Kさん夫婦とうちは、TEX-MEX料理の本場ヒューストンにいたことがあるのだが、皆ヒューストンのよりおいしい! と絶賛。それほど甘くないのにライムジュースの味が利いていて、カリフォルニアの上天気で乾いた喉を、冷たく潤してくれた。これをグッといったのが、思えば事件の始まりだったのか…

話をしているうちに、クマちゃんとNovaさんはかなり「いける口」と判明。というか、うちのブログのバーボンの話あたりで予想はついていたけれど。わたしは飲むのも忘れておしゃべりしていたのだが、Docはビールでお腹がいっぱいになったのか、「強いお酒」を所望した。で、ラム数杯の後、おもむろに出してくれたのが、秘蔵のお酒、ブルガリアのホームメイド酒だ! 秘蔵というか、さすがのNova家でも度数が強すぎて減らなかったお酒らしい。どれぐらい強いのか? これが、ミネラルウォーターのボトルに入っていて、度数がわからない! 怪しすぎる! Docは泡盛のようだ、と言いながらこれを飲んだ。

楽しい時間は飛ぶように過ぎた。午前1時、赤ちゃんを寝かしつけながらKさんが眠り、引越疲れの残るWife Kさんが眠り、2時、仕事を終えたクマちゃんが帰ってきた。それからクマちゃんを交えて話すこと1時間半。気づいたらDocの身振りが大げさになっている! ミネラルウォーターのボトルを見たら、いつの間に数センチ減っている。あ~あ~。その後、クマちゃんが手巻きで煙草を作ってくれ、それを吸ったDocはフラフラになって撃沈。初対面の人の家で、トイレと仲良くなる羽目になった。おそるべしリトルロックからの客!


追伸:というわけで、危険なのは手巻き寿司ではなくブルガリアのホームメイド酒なのでした(タイトル)。危険なお酒は、なぜか我が家に移動しております。お試しになりたい方は我が家までどうぞ。


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by flyingshack | 2005-04-25 11:42 | アメリカの旅